より高い基準で考えるインクルージョン: Drupal におけるウェブアクセシビリティ
「ウェブは、世界中の様々な人々が情報にアクセス・共有することを可能にする、オープンかつ非中央集権的なプラットフォームとして生まれました」と、Drupal の創設者であるドリス・バイタルとは自身のブログで書いています。知識やリソースに平等にアクセスできる、普遍的でアクセスしやすいワールドワイドウェブというこのビジョンは、Drupal のようなオープンソースコミュニティの創設理念です。
では、アクセスしやすくすることで誰が得をするのでしょうか?一言で言えば、すべての人です。ウェブアクセシビリティの標準は、目の不自由な人、身体的/運動的障害のある人、耳の不自由な人、一時的な怪我や病気で以前のように活動できない人にとって、さらに良い体験を作り出そうとするものです。ウェブアクセシビリティはすべての人の責任であり、企業がこれを無視したり見過ごしたりすることは、多くの利用者を拒絶し、深刻な経済的影響を被るリスクを自ら負うことになりかねません。
ここでは、デジタルのアクセシビリティを最優先事項にすべき理由と、すべての人にとってアクセシブルなウェブ体験を Drupal がどのように実現しているかをご紹介します。
アクセシビリティを軽視することの意味
ウェブサイトのアクセシビリティをそれほど重要視していない(あるいはまったく無視している)組織は、さまざまな面でリスクを高めています。考えられる影響は多岐にわたります。
法律上のリスク
よりアクセシブルなウェブを求める動きは、道徳的義務から法的優先事項へと進展してきました。実際、Accessibility.com(英語サイト)によると、2021年に米国の裁判所に提起されたウェブアクセシビリティ訴訟の件数は、2020年から14.3%増となっています。
今後もさらなる訴訟が予想されます。米国連邦最高裁判所が Robles 対 Domino's Pizza における被告の申し立てを却下したことで、技術的なアクセシビリティ基準はないものの、米国障害者法(ADA)の第3章はウェブサイトにも適用されるというのが法的な見解になりました。米国司法省は、WCAG2.0レベル AA をアクセシビリティの合理的な基準として定めるという規定案で対応しましたが、最終的にその案は撤回されました。
米国にとどまらず、英国では2018年、英国のすべてのサービス提供者に障害者のための「合理的な配慮」を義務付ける法律が施行さ れました。すべての公共機関のサイトは、国際的なアクセシビリティ基準である WCAG 2.1 AA を遵守し、自社のウェブサイト/アプリケーションがどのようにアクセシビリティ基準を満たしているかを説明するアクセシビリティ・ステートメントを公表しなければなりません。これらの規制に違反した企業は、罰則を受ける可能性があります。
ブランド評価の低下
いかなる組織であっても、障害者を排除したウェブサイトを持っていることで 知られてほしくありませんが、もしウェブサイトへのアクセシビリティを優先しないブランドがあれば、まさにそのようなリスクを負うことになります。その結果、大きな損害が発生する可能性もあります。世界経済フォーラムの調査によると、企業の市場価値の25%以上はその評判に直接結びついています。
特に Z 世代とミレニアル世代がそうであるように、ダイバーシティ、エクイティ(公正性)、インクルージョン(DE&I)の問題に対する社会的な関心が高まっています。この大きな変化を把握し、DE&I を全面的に支持する取り組みを実施することが、企業にとって最善の利益となるでしょう。多様な人材を採用したり、プライド月間に一時的にレインボーカラーのロゴを掲げるだけでは不十分であり、公平性とインクルージョンはウェブサイトにも適用されるのです。
市場シェアと収益の損失
世界銀行グループによると、世界人口の15%、つまり10億人が何らかの障害を抱えているという統計が出ています。疾病対策予防センターによれば、米国だけでも人口の25.5%が障害者であると認定されています。
これらの人々は相当な購買力を持ち、可処分所得はおよそ5千億ドルにのぼると、米国教育指導者協会(Institute for Educational Leadership)は報告しています。彼らを無視する企業は、収益だけでなく市場シェアも犠牲にしているのです。実際、2019年の WebAIM のレポートによると、ウェブサイトのホームページの98%がアクセシブルでないため、英国企業は毎月20億ポンド近い損失を被っています。英国の別の調査では、障害のあるウェブユーザーの71%が、アクセシブルでないウェブサイトから離脱するという結果が出ています。企業は、アクセシビリティを無視することで、実際に金銭的な損失を被ることになるのです。
ウェブサイトのアクセシビリティに関する具体的な事例
上記のようなリスクを考えると、企業は自社の持つ デジタルコンテンツが国際標準に適合しているかを確認する必要があります。「企業は、アクセシビリティがもたらす普遍的なユーザビリティの価値を理解し始めています」と、アクイアのパートナーでありデジタルエージェンシーである Inviqa の UX コンサルタント、オレナ・ブリジーナ氏は語っています。「我々のレポート "Great CX for All "によると、85%の企業が、デジタルアクセスのニーズを持つユーザーに対応しないと損失を被ると回答しており、ユーザビリティの利点がアクセシビリティに対する取り組みの最大の原動力であることがわかりました。アクセシブルな製品はより優れているという認識は、あらゆる人にとって素晴らしい顧客体験となるよう、さらに多くのブランドが多様性を考慮した設計を行うための鍵となるでしょう」。
もしこうした問題が発生すれば、企業は大切な顧客を失い、法的処罰を受けるリスクを負うことになります。罰金や訴訟費用による金銭的損失だけでなく、バリアフリーな体験を提供できなければ、ブランドの評判に長期的なダメージを与え、ユーザーが離れ、収益を逃すことにもなりかねません。
しかし、あらゆる人にとってのウェブ体験を向上させ、健常な10代の若者、英語が母国語でない人、 高齢者、一時的または恒常的な障がいを持つ人など、あらゆる人を含む潜在的な市場シェアを拡大することができるのです。
デザイナーが「縁石効果」と呼ぶものについて考えてみましょう。障害者活動家たちが働きかけを行うまで、歩道には縁石がありませんでした。しかし、縁石が整備されると、車椅子のまま買い物をする買い物客、自転車の乗り方を学ぶ子供たち、病院から帰宅する患者など、あらゆる人の役に立つようになったのです。ウェブサイトのアクセシビリティを向上させることは、あなたが想像しているよりもずっと広い利益をもたらすかもしれません。
以下では、多様性を考慮したウェブデザインがビジネスの幅を広げ、より質の高い顧客サービスを提供するために役立つ方法をいくつかご紹介します。
- alt テキスト記述やリッチメディアアセットの説明テキストなど、目に見えないサイト機能を組み込むことで、検索エンジンはあなたのサイトを見つけやすくなります。例えば、米国で人気の番組「This American Life」は、ウェブサイトでエピソードの書き起こしを掲載することで、オーガニック検索のトラフィックが6.68%増加したことを明らかにしています。
- アクセシブルなウェブサイト設計は、多くの場合、合理化されたコードによってページの読み込み時間を改善し、帯域幅の費用を削減します。
- 色のコントラストを強くし、フォントを標準化することで、モバイルユーザーや暗い場所でページを閲覧するユーザーにとって、コンテンツがより読みやすくなります。
デジタル業界のリーダー達は、ウェブコミュニティが多様であり、サイトが様々なニーズや嗜好に対応する必要があることを理解しています。プラットフォーム側としては、Drupal がよりアクセシブルなデジタル体験を作成するために必要なツールや機能を提供することにコミットしているのはそのためです。なぜなら、それを念頭においているからです。 アクセシブルなデジタル体験を生み出すためには、適切なパートナーとツールを持っている必要があります。
Drupal がデジタルアクセシビリティを優先する理由
2015年に Drupal 8がリリースされた当初、ウェブサイトのアクセシビリティの向上は最優先事項でした。Drupal コアには、障害者がアクセスしやすいウェブサイトを作るために世界ウェブコンソーシアムが策定した技術仕様のガイドラインである、WAI-ARIA(Web Accessibility Initiative - Accessible Rich Internet Applications)が搭載されました。これらの仕様を Drupal コアに直接含めることで、ウェブ規制に準拠したバリアフリーなサイトをこれまで以上に簡単に構築し、立ち上げることが可能となります。開発者は初期インストール時にすべての WAI-ARIA 機能にアクセスすることができるため、事後的にアクセシブルなコンポーネントをサイトに装備するための膨大な時間とリソースを節約することができます。Drupal 8.8に含まれる Claro 管理テーマは、サイト管理、設定、編集のための、よりクリーンで使いやすいインターフェイスを提供します。
Drupal 8が導入したその他の改善されたウェブアクセシビリティ機能は以下の通りです。
- 音声アラート
- タブ順序の制御
- フィールドセットと詳細
- 必須 alt テキスト
- 配色、フォントサイズ、モバイル対応機能の改善
アクセシビリティの向上は Drupal 9の最重要課題でもありました。例えば、Drupal のコアのデフォルトは、すぐに利用できる使いやすいユーザー体験を備えた最新のものになりました。その他の強化点は以下の通りです。
- 最新および今後の CMS 標準を反映した、包括的なフロントエンドデザイン
- セカンドレベルナビゲーション、埋め込みメディア、レイアウトビルダー、その他の UX 改善などの新機能をサポートする追加機能
- WCAG AA に完全に準拠したテーマ
より包括的でオープンなウェブ体験のためのミッションは常に進化しており、Drupal コミュニティはその先頭に立つことを約束します。